寺山修辞学(3)

リチャード・ブローティガン

寺山修司と親交があり、生まれも同じ年だった人物のひとりに、米国の作家・詩人のリチャード・ブローティガンがいました。代表作『アメリカの鱒釣り』で知られ、日本にもファンが多い作家でもあります。作家・村上春樹も影響を受けたひとりです。
1983年5月、東京・青山で行われた寺山修司の葬儀のために訪日し参列したことは、親交の深さを物語っています。帰国する前、追悼として書かれた詩です。

あらゆる動きは止まりかたの一変形にすぎない

未来はいつも
ふたたび未来となることで
完結し
帰ってゆく、いつも
ふたたび過去となって

リチャード・ブローティガン

ここ東京の田中未知の家で
ある5月の夜
1983年

訳/谷川俊太郎

「あらゆる動きは止まりかたの一変形にすぎない」とこの詩の題(タイトル)をはじめて読んだとき、わたしの頭の中で何かが起きました。高校3年の秋の出来事です。毎日、当たり前のように動かしている手や足の動きが、「点」と「線」の関係と同じのように、映画フィルムの「一コマ」の静止画像がただつながっているだけなのだ。「現在」という単語を使わず、「現在」を表現しているブローディガンの短い詩に、深く共感しました。そして寺山修司の死が「止まりかたの一変形」とすれば、完全な死体となって静止したのです。

彼の少年時代は極貧の中で十分な教育も受けられなかったといわれています。どちらかといえば、アウトロー的、マイノリティ的な生活から彼の文学が生まれたのでした。寺山修司の亡くなった翌年の9月、アメリカの自宅でピストル自殺し、永遠に変わらない「止まりかたの一変形」を完成させてしまいました。

生が終わって死がはじまるのではない。
生が終われば死もまた終わってしまうのであある。
・・・・・寺山修司「誰か故郷を想はざる」