キャッチボールと友情

わたしは小学校時代、野球に明け暮れていたので、大人になった今でも野球が大好きです。東京から関西に住まいを移してからは、興味はプロ野球から高校野球に一変しました。音楽仲間の紹介で熱狂的な高校野球ファンのご夫婦と知り合ったからです。全国で繰り広げられる予選大会から、注目の選手を応援しているというから筋金入りです。一度、甲子園でいっしょに夏の全国高校野球選手権大会を観戦する機会がありました。テレビでは決して見ることができない試合前の両校の応援合戦など、甲子園に来ないとわからない高校野球の楽しみ方を教えてもらいました。それ以来、すっかり高校野球のファンになり、休みの日には自宅から甲子園までロードバイクで40分走って、熱戦を観戦しにいくようになりました。

平成30年1月4日、闘将で知られた野球人・星野仙一さんが亡くなりました。中日ドラゴンズの現役の投手だった頃の星野さんは、他の投手とまるで雰囲気の違う選手でした。野球少年だったわたしは、テレビの野球中継を通して彼の気迫を感じたのを今でも覚えています。時代は変わり、野球少年の減少に星野さんは危機感を抱いていていました。このままではプロ野球もアマチュア野球も衰退してしまう。野球人口の底上げをしなければいけないと訴えていました。

野球は一人でも練習することはできます。野球少年の頃はよく庭先でバットの素振りをしたり、近所の公園などの壁に向かってボール投げをしたりしました。そこに仲間がひとり増えると、キャッチボールができます。キャッチボールの基本は、相手の胸元めがけて投げること。野球の基礎であり、お互いにキャッチボールを繰り返すことでそこに「友情」や「信頼」が生まれてくるのです。

ところが球技禁止の張り紙をしていない公園を探すのは難しく、まして壁に向かってボール投げすることさえ、できなくなっています。

「最近の公園は危ないからってキャッチボールが禁止されているだろう。じゃあどこで最初に野球をやるんだ? 子どもたちが野球をやる場所がないなら作るしかない。そのためには費用がかかる。それなら例えばサッカーくじのようなものを考えてもいい」。星野さんは壮大なプランを本気で実現させようとしていました。日本の野球界は本当に大きな柱を1本失ってしまった。残念です。

友情というのは、いわば「魂のキャッチボール」である。
一人だけ長くボールをあたためておくことは許されない。
受け取ったら投げ返す。
そのボールが空に描く弧が大きければ大きいほど
受けとるときの手ごたえもずっしりと重いというわけである。
それは現在人が失い欠けている「対話」を回復するための精神のスポーツである。
・・・・・寺山修司「人生なればこそ」