函館の血が1/8流れている

平成30年3月15日、1泊2日の出張で函館に行きました。生まれて初めての函館です。初日の取材の後、函館駅前のビジネスホテルにチェックインしたのが夜7時。その後、関係者との会議を兼ねた夕食会が2時間半。ビールの中ジョッキ1杯だけでは疲れはいやされず、気遣いでぐったり。2日目の朝8時半には迎えの車がくるので、自由時間はその前しかありませんでした。観光名所の函館朝市で海鮮丼を食べる選択肢もあったのですが、どうしても行きたい場所がありました。

まずは早朝5時から入浴できるというホテルの最上階(13階)にある大浴場へ行きました。まだ暗い朝の函館市内をガラス越しに眺めならが、これで日本三大夜景を堪能したと自分を納得させ、身支度を整えると6時36分の始発の路面電車に乗り、函館の名所である元町教会群に向かいました。

ハリストス正教会、聖ヨハネ教会、カトリック元町教会が高台に立ち並んでいます。荘厳な西洋式の建造物を目の前にすると、「ここは日本なのだろうか」と錯覚してしまうほどでした。行きたかったのはハリストス正教会でした。

高校時代は合唱部に所属していました。今から34年前、高校卒業後、合唱部の先輩に引っ張りこまれアマチュアの合唱団に入団しました。その先輩の中学校は合唱では全国的に有名な学校で、その卒業生を母体に設立された合唱団でした。毎年夏に定期演奏会を開催し、今年の7月で44回目となります。主宰者であり指揮者である先生も、すでに80歳を超えられました。

愛知県出身の先生の祖父が名古屋のハリストス正教会の牧師でした。先生もロシア正教会の信者です。大学卒業後、東京の公立中学校の音楽教諭として赴任されました。週末になると、日本正教会の総本山であるお茶の水駅前のニコライ堂(東京復活大聖堂)の聖歌隊の正指揮者として、長年にわたり日曜日の礼拝では指導もされていた方です。

わたしの家は仏教徒ですが、親類で不幸があったときになって「そうか、真言宗豊山派だったんだ」と再確認するくらいで、神や仏とは無縁の信仰心のない生活が続いています。

ロシア正教会の聖歌はすべて無伴奏で歌われます。オルガンなどの楽器を一切使わないのです。ロシア音楽のルーツの一つは正教会聖歌といわれています。16世紀以後、ロシアが取り組んだのが西欧化のもとで生まれた合唱聖歌です。斉唱(ユニゾン)ではなく、混声合唱として聖歌が教会で歌われているのです。19世紀以降、チャイコフスキー、リムスキー・コルサコフ、ラフマニノフなどの大作曲家も、正教会聖歌を作曲しています。

「無伴奏の聖歌こそ、合唱の原点」という考えから、卒業生によって合唱団を設立する際、先生はひとつだけ条件を出しました。「演奏会を開催するときは、そのプログラムの中に、かならず1ステージだけロシア正教会の聖歌を取り上げてたい」。先生以外に信者がひとりもいない合唱団が、第1回から昨年の43回までのすべての演奏会で、ロシア正教会の聖歌を歌っているのです。わたしが参加したのが第10回からなので、わたしも今年で34年間も聖歌を歌い続けています。信仰心を持っていないわたしにとっては、ただ単なるコンサートとしての楽曲として歌っていました。ところが数年前に50歳を過ぎてから、少しずつ受け止め方に変化が生じています。信仰の有無、宗教の相違に関係なく、「生」や「死」について、40代のときよりも身近に感じているからもしれません。

祖母は函館生まれ。栃木出身の祖父と東京で出会い母が生まれました。残念ながら、祖母以前の函館のルーツや親類の有無も全くわかっていません。わたしの血には1/8函館の血が流れていることだけはわかっていました。旅べたのわたしが出張とはいえ、ルーツのひとつである函館の地に足をおろせたのは、神様か仏様の仕業だったのかもしれませんね。

追伸:日本正教会のHPで、ロシア正教会の聖歌を一部聞くことができます。ニコライ堂の聖歌隊に、信者でないわたしたちの合唱団(50人)も参加して録音した音源です。一般の人の立ち入りを許されていないニコライ堂ですが、司教様のはからいで録音のため特別礼拝堂に入らせていただいたことは大切な思い出のひとつです。視聴はこちらから