食彩譚(2)

餃子と日本酒

40歳のとき、初めて経験したのが転勤。東京を離れ大阪に移住した。旅行といってもほとんど関東圏内で済ましていたので、根っからの東男(あづまおとこ)にとって未知の大阪での生活は驚きの連続だった。同じ日本人なのに、まるで外国人と接触しているような感覚。はじめの頃は、毎日の通勤電車で乗り合わせた人々が、すべて吉本の芸人にさえ思えるほどだった。笑いをこらえるので必死になったときもある。大阪のおばちゃん同士の会話は、もう漫才以外の何ものでもなかった。おっさん同士の口喧嘩は、もう任侠映画以外に考えられなかった。

カップ麺のマルちゃんの赤いきつねと緑のたぬきが、地域ごとに出汁の味を変えている。セブンイレブンやローソンのおでんのつゆも同じだ。全国展開している飲食チェーンも、東西でメニューを分けている先が増えている。餃子の王将もその1社だ。東京・西新宿の本社に勤務していた頃、仕事帰りによく晩飯を食べに行っていた。大阪に転居してからしばらくして、週末の休日にランチをしようと、自宅の近所にある餃子の王将に入った。メニューを見て思わず驚いてしまった。
「醤油ラーメンがない!」
数年前に、純国産の「日本ラーメン」という新メニューが登場して、東京風の醤油ラーメンが食べられるようになったが、それでも個人的には薄味で物足りない。関東以北の餃子の王将には、この「日本ラーメン」とは別の「醤油ラーメン」がちゃんとメニューに載っている。これが食べたいのだが・・・。

生まれも育ちも神戸という方に「醤油ラーメンならお勧めはあそこかな」と紹介されたお店に入った。大きな期待に胸を膨らませ、メニューも見ずに「ラーメンください」と注文した。出てきたどんぶりを見て思わず驚いてしまった。
「醤油ラーメンじゃない!」
明らかにとんこつスープ。店主に聞くと、関西では東京の濃い醤油ベースのラーメンは少なく、あっさり系の醤油ラーメンが多い。「醤油ラーメンと看板に書いてあったとしても、鶏がらスープではなくとんこつ醤油のケースが多いから気を付けたほうがいいよ」と逆にアドバイスをもらう始末だった。

東京の店舗でもよく見かける光景だが、席につくなり「まずは生ビールと餃子」という王道の注文。ところがこれは夕方以降での話。関東では、昼間からこのケースの注文をする人と出会う確率は極めて低い。関西に来て驚いたのは、昼でも夜でも一日中、「まずは生ビールと餃子」という王道の注文が飛び交っている。外食産業では今でこそ、“昼飲み”がトレンドのキーワードになっているが、まだまだ関東は関西に比べると“昼飲み”文化は未成熟だ。

先日の休日の昼間、どうしても餃子が食べたくなり、買い物ついでに神戸三宮まで出て、馴染みの店舗に入った。店員が注文を取りに近づいてきた。声を掛けられる前に「まずは生ビールと餃子」と先手を打ち、いかにも王将通っぽく振るまった。しばらくすると後から70代後半くらいと思われる男性がひとりで杖をつきながら入店し、ゆっくりとテーブルに座った。店員に注文を聞かれたその男性が、てっきり王道の注文をするかと思いきや、あまりの渋い注文に驚いてしまった。
「餃子と熱燗1本!」
すっかり古代遺産となってしまった、あの透明な徳利型のガラス瓶に入った日本酒。お猪口でちびちびやりながら、餃子をほうばる老人の振る舞いに、こころのなかで「ブラボー」と叫んだ。
それからというもの、餃子が食べたくなったわたしは
「とりあえず餃子と熱燗1本!」と注文している。

食彩譚(2)餃子と日本酒(2018/2/28)神戸・自宅にて