フリーライターとしての初航海

平成29年10月、今年で70周年を迎える大手食品会社の社主から、大変光栄な仕事を任されました。社史の編纂です。

「単に時系列に業歴をまとめるのではなく、社員のモチベーションを高めるような内容にしたい。創業者を祭り上げるような視点では、書かないでもらいたい」

3代目の社主からの依頼でした。大正5年生まれの創業者は、戦前、20代の若さでインド、天津へ渡りました。第二次世界大戦中は、天津に駐屯している日本軍に戦闘機を寄贈するほどの大成功を納めた人でした。ところが終戦で神戸に引揚げてくるときは、すべての財産は接収され裸一貫となったのです。ゼロから出発した創業者でしたが、生涯にわたり文字通りの質実剛健を実践されました。グループを含め1000億円規模にまで成長する企業となり、その礎を築かれました。

大阪市役所の裏手に、大阪府立中之島図書館があります。全国でもめずらしく、社史だけを集めたコーナーがあります。ありとあらゆるジャンルの企業が揃っています。参考にしようと思い、何度か通って数十社の社史に目を通しました。ところが、ほとんどの社史が創業者を持ち上げるように書かれています。それが社史の特性かもしれませんが、社員のモチベーションを高めることにはつながらないと感じました。

私は東京生まれの東京育ちです。神戸のことは何一つ知りませんし、ましてや古い時代はなおさらです。毎日にように図書館に通い、戦前、戦中、戦後の神戸や天津にまつわる文献を探しまわりました。戦後の神戸のヤミ市の取締りについて知るため、神戸大学の研究者のまとめた論文も取り寄せました。

私は、創業者の生い立ちとその時代背景を調べていくうちに、気づいたのです。ほとんどの社員が創業者を知らないのです。私と同じように多くの社員が、戦前、戦中、戦後の激動を生き抜いた会社の先輩たちの地道な苦労を知らなかったのです。

「歴史小説風にまとめよう」。創業者の生きてきた時代背景をより正確に記述することで、創業者や先人たちが体感したことを読み手もいっしょに体感できるだろう。どの時代の記述も臨場感あるものにしたい。社員や社員のご家族、そして関係者の方々が元気のでるような、そんな社史を目指すことにしました。

執筆中の原稿の一部を社主に読んでもらいました。

 「まさに一民間人から見た日本の近代商業史です。読む人を元気にする夢とロマンに溢れた立志伝でもあり、わくわくするような内容の面白さ、文章の緻密さ、上手さに感動しました」

ライターとして、冥利に尽きます。

(2018/02/12)